【中学生】勉強しない子に言う「勉強しなさい」の正体

小学生の頃に努力しなくても勉強ができてしまった子の中には、中学生になってもまったく勉強しようとせず、その結果、学校の成績が徐々に落ちていってしまう子がいます。

その原因は、多くの場合、勉強のやり方を知らないか、または努力の価値がわかっていないからでしょう。

このように勉強をしない子にはそれぞれ理由があります

勉強しない子に対して、つい「勉強しなさい」と言ってしまう気持ちはわかりますが、その前に子どもが勉強しない理由をじっくりと考えてみませんか?

勉強しない子の例

勉強しない子に家庭教師をつけるのは珍しくありません。

わたしも、そのような子をたくさん教えてきました。

ある中学生を教えたときなのですが、その子は親御さんから聞いたとおり自主的な勉強をする姿勢は皆無でした。

まず学校の課題をまったくやりません。これでは学校の心証を悪くしてしまいます。実際、評価点は最低点に近いものでした。

それでとりあえず学校の課題を無理やりにでもやらせ、必ず学校に提出するように約束させました。

その子は教えている最中、目は虚で覇気がありません。居眠りさえし始めます。ただただ家庭教師の授業が終わるのをじっと耐えているようです。

勉強が心底嫌いなのでしょうか。

でも不思議と学校には毎日通っていて家庭教師もサボりません。こちらが指導しているときに反抗的な態度をとることもありません。

これはきっと親がうるさいから我慢しているだけだろうと最初は思っていたのですが、それでも1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月と家庭教師が続いている事実に気づきます。

それでわたしは思うのです。これは見込みがあるなと。

忍耐力があるかないかが境界線

本当にやらない子は、家庭教師をつけてもらっても、すぐにやめてしまいます

しかもそのような子の親御さんは、子どもの決定に対してとても寛容です。やめたいと言えば素直にやめさせてくれるのです。

親が優しいから甘えてしまうのか、または親が子どもをどのように扱ったらいいのか分からなくなっているのでしょうね。

そのような子たちには共通点があります。

それは忍耐力がないことです。

家庭教師として教えに行く予定を立てても、いろいろと理由を作って逃げてしまうのです。

ですから家庭教師をつけられ、勉強を続ける忍耐力があれば、わたしはその子に大きな可能性を感じてしまいます。

続けていく忍耐力があるかないかが大きな変化を生み出す境界線です。

注意
ただし、この場合の「忍耐力」とは、各個人ががんばれる環境において必要なもので、耐えがたい環境で我慢を強いるものではないことに注意して下さい。

強制してやらせるのは無理

親が子どもに勉強させようとするのは至極当然です。

しかし強制的にやらせてはいけません

つらい状況に追い込んで無理矢理やらせるのはむしろ逆効果です。あまりにもそれが極端だと子どもを病気にさえしてしまいかねません。

好きなことでも人に強制させられた途端に楽しくなくなりますよね。

勉強も同様です。

親は子どもに勉強の必要性を実感させ、それに基づいて自ら勉強するように仕向けてあげることしかできないのです。強制は無理です。

自らが率先して勉強するためには本人の目的意識が大切です。

つまり勉強する理由です。

でも、この「勉強する理由」を子どもに納得させるのがとても大変なのですね。

勉強の大切さを共有する

家庭教師の立場から勉強しない子を観察すると、その子たちは勉強が大切だとわかっているのは確かです。それは間近でいっしょに勉強をやっていれば自然と気づきます。

勉強なんてやらなくていいと思っている子はほとんどいません

でも勉強がつまらなかったり他に楽しいことがあったりして、やる気になっていないだけなのです。

もちろん親御さんだって勉強の大切さはイヤというほど実感していることでしょう。

わたしも今になって学生のときもっと勉強しておけばよかったなと思いますからね。

子どもたちからすれば、勉強をしていないからといって勉強の大切さを全く理解していないと決め付けられるのがイヤなのです。

ですからお互いの気持ちを理解して勉強の大切さを親と子で共有することが大切です。

親はなぜ「勉強しろ」と言う?

どうして親は子どもに対して「勉強しなさい」と言ってしまうのでしょうか?

「それは子どもが勉強しないから」と言いたいのですね。

でも待ってください。

勉強にはその理由があるはずです。それをはっきりと示さなければ子どもは途方にくれてしまいます。

社会に出てから勉強したくなる人は多いですが、それは勉強をする理由を知ったからです。

しかし、その理由を前もって子どもに説明するのがとても大変なので、短絡的に「勉強しろ」とだけ言ってしまうのですね。

さて、ここから勉強する理由を考えていきたいのですが、しかし次のようなものは、その理由ではないことを確認しておきましょう。

勉強するのが当たり前だから

中学生、高校生が勉強するのは当たり前でしょうか?

当たり前だからといって勉強できるのでしょうか?

中高生の勉強を社会人になってから再度やれば周りから褒められるのに、同じことを学生の頃にすると「当たり前だ」で済まされてしまうのは不平等です。

どの年代であろうとも勉強するのは大変です。

たしかに学生だったら勉強する時間は確保されていますが、それだけで勉強する理由とはなりません。

子どもにとっても勉強は少しも当たり前ではありません

子どもの将来が心配だから

子どものいく末を心配するのも親としては当然ですね。

でも子どもには子どもの人生があり、それを決めるのも子ども自身です。

親を安心させるために子どもの人生があるのではありません。

それよりも子供が自分の人生を自分で考えられるようにしてあげるべきです。

「将来が心配だから」という理由は、子どもが勉強する理由ではなく、親が勉強させたい理由です。

幸せになってほしいから

親が子どもの幸せを願うのは当然です。

これが親が子どもに勉強してほしいと願う究極的な理由でしょう。

しかしそれであっても親の願いであって子どもの目的ではありません

子どもが「親が幸せになってほしいと願っているから私は勉強する」というのはおかしいのです。

子ども自身が「私は幸せになりたい、だから勉強するんだ」と言ってくれなければ困ります。

勉強をする理由

では、なぜ人は勉強するのでしょうか?

それには哲学的な答えもあるでしょうが、ここでは徹底的に実利的な面で考えていきます。

世間は厳しいから

世間の荒波に飲み込まれないためには知恵が必要です。

学校の勉強そのものが人生の困難に直面したとき直接的な解決策を与えてくれるわけではありませんが、そんなときに身動きが取れずに固まってしまわないためにも多様なものの見方や柔軟な考え方が必要です。

それを養うために学校の勉強が活きます。

収入をふやすことができるから

学歴が生涯年収に大きな影響を与える話はよく聞きます。

もちろん学歴が無くたって社会で成功している人もいれば、はなから収入に拘らない人もいるでしょう。

もともとお金持ちの人だっています。

しかし一般的に高学歴が収入増加のひとつの要因になっているのは明らかです。

学歴社会が現代を生き抜く困難さと捉える人もあるでしょうが、逆に考えれば学歴さえ上げたら収入を上げられるのであれば、それが勉強する利点と考えてもいいのではないでしょうか。

勉強の理由でお金の話を持ち出すことに違和感を持つ人もいるでしょう。

しかしそれは紛れもない事実です。

「勉強すれば儲かる」なんて子どもに言いにくですね。でも子どもは親が思っている以上に現実主義者です。率直に話してしまっても構わないと思います。

お金持ちになりたい。だから勉強する」と子どもが言い出したとしても、それはあながち間違いではないのです。

ですから「勉強すればお金持ちになれる」と伝えたいのですが、親としたらそんなこと言いづらいですね。

「じゃあ、ウチがお金持ちでないのはお父さんが勉強しなかったからだね」なんて言われたら親の面目をなくしてしまいますからね。

出会いが増やせるから

人生において出会いは大きな財産です。

もちろん勉強しないからといって出会いがないわけでは決してありませんが、勉強して高い見識を身に付ければ、社会的に影響力のある人や文化や芸術で才能豊かな人たちと出会う確率をあげられます。

広い分野の人と付き合うためには「どうせこの人に話しても分からないだろう」と見くびられてしまわないだけの見識が必要です。

視野が広がるから

物事を多様にみる力が備われば人生の価値そのものを高い次元に引き上げることができます。

例えば、鉄道が好きだった場合、その運行を経済的に眺められたり、動力源から環境問題として考えたり、線路の敷設から地理的に想像できれば、自分の世界を広げられます。

学校の勉強は自分の興味以外のところから出発することが多いので、なかなか自分から積極的になれなくても、多数の視点を与えてくれることは確かです。

親はこれらの理由に向き合っているか?

さて、いろいろと勉強をする理由について考えてきましたが、親はこれらの理由に誠実に向き合ってきているでしょうか。

はっきり言って向き合っていないのが実情でしょう。

それは、親自身がその理由を明らかにできていないのと、たとえ分かっていたとしても子どもに説明するのがたいへんに困難だからです。

でも実利的な面から勉強する理由を語れば、親と子のお互いの思いを共有できる糸口になりやすいのではないでしょうか。

とは言っても、はっきりとした答えを導き出す必要もないのです。

大切なのは親と子が勉強に対して同じ意識に立てるかどうかです。

私は家庭教師としていろいろなご家庭を観察してきましたが、勉強しない子とその親御さんには大きな溝を感じます。

逆に勉強をする子とその親御さんの関係は意志の疎通が比較的スムーズのように思います。

子どもが勉強する理由とは一見関係がないと思える親と子のコミュニケーションですが、そこには何か大切なものが隠されているように思えてなりません。

人生の先輩として勉強する大切さを今いちど子供といっしょに考えてもよいのではないでしょうか。

子どもが勉強をしない理由

では今度は子どもが勉強をしない理由についても明らかにしておきましょう。

なぜなら親も子どもの気持ちを知っておくべきだからです。そうでなければ相互理解になりませんからね。

親は子どもが勉強しない理由を真剣に考えません。短絡的に子どもが勉強が嫌いだからと決め付けています。

どうして勉強しないのか、それにも具体的な理由があるはずです。

やる意味がわからないから

勉強する利益を知るのは大人になってからで「こんなことならもっと勉強しておけばよかった」と多くのひとが後悔します。

その気持ちを子どもに説明するのはとても気が引けますね。それは自分の失敗を打ち明けるようなものです。

でも子どもは勉強する大切さは何と無く感じ取っています。

リアルな体験談としてご自分の失敗を話せば子どもはきっと実感をもって理解てくれます

楽しくないから

勉強の楽しさは教えてもらうのではなく、自らがやっているうちに気づくものです。

楽しいから勉強するのではなく、やっているうちに楽しくなるのですね。

それには忍耐力が必要です。

たのしさがわかる前に勉強を諦めてしまうと勉強の楽しさなんて一生わかりません。

勉強がたのしくないと答える子の多くは忍耐力がないので、そのたのしさを感じられるまで我慢できないのです。

他に楽しいことがいっぱいあるから 

現代社会はたのしいものでいっぱいです。

それはゲームやスマホなど多種多様です。

動画もたのしいですね。

では、どうして、それらはたのしいのでしょうか?

なぜなら、それらを作っている人が儲かるからです。その人たちからすれば我慢せずに飛びついて欲しいのです。お金儲けは今直ぐでなければ意味がありません。だからたのしいものは今しかないのです。

勉強のたのしさは直ぐには与えられません。何年も経ってからやっと与えられます。しかしそのたのしさは現在すぐに得られるたのしさの何百倍も何千倍も大きなものです。

勉強する人はそれを知っています。または感じ取っています。

勉強しない人は現在のたのしさに負けてしまいます。そしてそのような人は将来も小さなたのしさしか与えられないかもしれません

確かに現代社会はたのしいものばかりです。でもそのたのしさの正体を子どもに伝える必要があります。

「勉強やれ」と言われるから

これも勉強しない最大の原因のひとつですね。

ただし「勉強やれ」と言われるその内容自体が直接の原因ではありません。

それは子どもだって勉強をやる大切さはわかっているからです。

わかっているのに「勉強やれ」と言われるからやる気をなくしているのです。

子どもも勉強する大切さは知っています。

勉強のやり方がわからないから

勉強をしない原因のトップは勉強のやり方です。

勉強の大切さが分かっていたとしても、そのやり方がわからなければ勉強のやりようがありません。

勉強のやり方とは一言でいうと効率化です。

短時間で多くのことを処理できるようになると脳の活性化の面でも知識の定着の面でもよい効果が生み出されます。

嫌いだった勉強も短時間でこなせるようになれば嫌いでなくなる可能性があります

楽しみを見出す力が足りないから

楽しくなくて続けられないのなら、楽しくしてしまう手もあります。

勉強が好きな子は、その力が強いようです。

勉強もゲーム化してしまうのですね。

親と子で勉強の大切さを共有する

ここまで勉強という観点から親の気持ちと子の気持ちを考えてきました。

その気持ちを一致すれば、何のために勉強するのかが見えてきます。

一言で言えば、それは「幸せになりたいから」です。

親は子どもが幸せになって欲しいと願い、子どもだって自分が幸せになりたいと思っているのは確かですので、あとはその方法を考えるだけです。

幸せになるための方法はいくつもありますが、その中で勉強は、実利的で効率の良いものだと親と子で意識を一致させましょう。

それは人生の先輩である親がよく知っていることで、それを率直に伝えられるのであれば子どもは勉強に前向きになるはずです。

親と子どものコミュニケーションは難しい

ところがこの親と子のコミュニケーションが難しい場合があります。

それは、あまりにも関係が近すぎるために、お互いの存在の境目がぼんやりして相手を対象化できないのが原因です。

つまり教えるものと教えられるものの立場が確立できないのです。

親と子で互いをひとりの人間としてとらえる関係が成り立っていれば率直な意見を交わせるのですが、親と子という意識から抜け出せないと、それがとても難しいのです。

そのため面と向かって真面目な話はしづらいのですね。本音で語ることができません。

だから短絡的に「勉強しなさい」と言だけ言っしまうのです。

お互いの気持ちがすれ違ってしまう原因がそこにはあります。

子どもと大人の接点は意外と少ない

このように勉強が大切であると実感を持って知っている身近な大人は親なのですが、親はそれを素直に子どもに伝えるのができません。子どもだって親の言うことを意識に留めず素通りしてしまいます。

勉強の大切さは親も子も知っているのに、その共通の意識を共有できていない状況に陥っている状況にあるのです。

子どもと大人との交流は、親を除けば大変に少ない状況にあります。

それが子どもに勉強の大切さを伝える困難さを生み出しています。

できれば親が人生の先輩という客観的な立場で勉強の重要さを伝えてあげる努力をしましょう。

それができれば、次のステップとして勉強の具体的方法を考えていけます。

家庭教師を利用するのも方法のひとつ

家庭教師は勉強を教えるのがメインの仕事ですが、実は親子関係の緩衝役を担っている事実があります。

つまり親子の気持ちの橋渡しをするのです。

そして、もちろん人生の先輩としての客観的なアドバイスをする場面も多いのです。

勉強する必要性を子どもと時間をかけてディスカッションすることもあります。そこに親の気持ちを取り込んで伝えることもできます。

もし直接子どもに気持ちを伝えにくい、または今の子どもの気持ちを確かめたければ、家庭教師を利用するのもひとつの方法かも知れません。